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建て替えとどっちが得?マンション耐震補強を選ぶべき判断基準をプロが提示

2025年12月14日

日本は世界有数の地震大国です。
いつ起こるか分からない大地震に備え、住まいの安全性確保は誰にとっても喫緊の課題と言えるでしょう。

特に、1981年6月1日より前に建築確認を受けた「旧耐震基準」のマンションにお住まいの方々は、「このまま住み続けて大丈夫だろうか?」という不安を抱えているのではないでしょうか。

その不安を解消するための選択肢が、「耐震補強」と「建て替え」です。
しかし、どちらも多額の費用と時間がかかり、住民全体の合意形成も必要となるため、決断は容易ではありません。

この記事では、以前、株式会社T.D.Sで働いていた経験のあるマンションの耐震化を専門とするプロの視点から、耐震補強と建て替えのメリット・デメリットを徹底比較し、あなたのマンションにとってどちらが最適な選択なのかを判断するための具体的な基準を提示します。

参考: 株式会社T.D.Sの評判・口コミ

目次

耐震補強と建て替え、どちらを選ぶべきか?究極の選択を迫られる背景

なぜ今、多くのマンションが耐震補強か建て替えかという、難しい選択を迫られているのでしょうか。
その背景には、日本の建築基準法の歴史と、建物の経年劣化という避けられない現実があります。

1981年以前に建てられた「旧耐震基準」マンションのリスク

日本の建物の耐震基準は、大きな地震が発生するたびに見直され、強化されてきました。
その中でも大きな節目となったのが、1978年の宮城県沖地震をきっかけに行われた1981年の建築基準法改正です。

この改正以前の基準を「旧耐震基準」、以降の基準を「新耐震基準」と呼びます。

  • 旧耐震基準(1981年5月31日まで): 震度5強程度の揺れでも建物が倒壊せず、損傷したとしても補修すれば生活に支障が出ないレベルを想定。
  • 新耐震基準(1981年6月1日以降): 震度5強程度の中規模地震ではほとんど損傷せず、震度6強から7に達する大規模地震でも倒壊・崩壊せず、人命を守ることを目標としている。

この違いは、人命の安全確保という点で決定的です。
実際に、1995年の阪神・淡路大震災では、新耐震基準で建てられた建物の被害が旧耐震基準の建物に比べて大幅に少なかったことが報告されています。
旧耐震基準のマンションは、大規模地震に対して十分な安全性が確保されていない可能性があるのです。

なぜ今、判断が必要なのか?資産価値と安全性の観点から

旧耐震基準のマンションは、築40年以上が経過し、建物の構造体や設備の老朽化も深刻な問題となっています。
耐震性の不安に加えて、配管の漏水や断熱性の低さなど、居住性の問題も顕在化してきます。

これらの問題は、住民の安全を脅かすだけでなく、マンションの資産価値を大きく下げる要因となります。
「旧耐震」というだけで、金融機関の住宅ローン審査が厳しくなったり、売却時に買い手が見つかりにくくなったりするケースも少なくありません。

問題を先送りすればするほど、建物の劣化は進行し、いざ対策をしようとした時には、さらに多額の費用が必要になる可能性があります。
住民の安全確保と、大切な資産であるマンションの価値を維持・向上させるためにも、管理組合が主体となって早期に方向性を検討し、判断することが求められているのです。

【徹底比較】耐震補強 vs 建て替え 7つの重要指標で見るメリット・デメリット

耐震補強と建て替え、どちらが優れているかは一概には言えません。
それぞれのマンションの状況や、住民の皆さんの考え方によって最適な選択は異なります。
ここでは、判断の材料となる7つの重要な指標で両者を比較し、それぞれのメリット・デメリットを明らかにします。

比較項目耐震補強建て替え
1. 費用比較的安い(1戸あたり数十万~300万円程度)高額(1戸あたり1,000万~数千万円)
2. 工事期間短い(数ヶ月~1年程度)長い(計画から完成まで5~10年以上)
3. 仮住まい原則不要(工事内容による)必要
4. 合意形成特別決議(区分所有者の3/4以上)特別決議(区分所有者の4/5以上)
5. 資産価値維持・向上(限定的)大幅に向上
6. 居住性安全性は向上するが、設備等は既存のまま最新設備になり、抜本的に向上
7. 補助金診断・設計・工事で利用可能事業費補助などがあるが、自治体による

1. 費用:最も気になるお金の話

耐震補強の費用相場

耐震補強工事の費用は、建物の規模、構造、劣化状況、そして採用する工法によって大きく変動します。
一般的な目安としては、1戸あたり数十万円から300万円程度とされています。

主な工法と費用の目安は以下の通りです。

  • 耐力壁の増設: 比較的安価。壁を追加して強度を高める。
  • 柱・梁の補強: 炭素繊維シートを巻き付ける、鋼板で補強するなど。
  • 外付けフレーム補強: 居住空間への影響が少ないが、外観が変化する。
  • 制震・免震装置の設置: 非常に高価だが、揺れを大幅に軽減できる。

耐震診断の結果に基づいて、必要な箇所に適切な補強を行うことで、コストを抑えつつ安全性を確保することが可能です。

建て替えの費用相場

建て替えは、既存の建物を解体し、新たに建設するため、費用は非常に高額になります。
1戸あたりの負担額は1,000万円から数千万円に上ることも珍しくありません。

ただし、建て替えによって容積率(敷地面積に対する延床面積の割合)に余裕が生まれ、従前よりも住戸数を増やせる場合があります。
この「余剰床」を売却することで、その売却益を建設費用に充当し、各戸の負担額を軽減できる可能性があります。
立地条件が良いマンションほど、このメリットは大きくなります。

2. 工事期間と仮住まい:生活への影響度

耐震補強の場合

耐震補強工事の期間は、工法や規模によりますが、一般的に数ヶ月から1年程度です。
多くの工法では、住民は住みながら工事を進めることが可能です。
ただし、工事中の騒音や振動、共用部分の使用制限など、日常生活への影響は避けられません。
専有部内に工事が及ぶ場合は、一時的な家具の移動などが必要になることもあります。

建て替えの場合

建て替えは、非常に長い期間を要します。
管理組合で検討を開始してから、合意形成、計画策定、解体、建設、そして再入居まで、全体で10年以上かかることもあります。

また、解体から新マンションが完成するまでの約2~3年間は、住民全員が仮住まいを見つけ、引っ越す必要があります。
仮住まいの家賃や引っ越し費用は自己負担となるため、経済的な負担も大きくなります。

3. 合意形成の難易度:住民の意思統一が最大の壁

マンションという共同住宅において、何かを決定するためには住民の合意が不可欠です。
特に、多額の費用負担を伴う耐震補強や建て替えは、合意形成が最大のハードルとなります。

耐震補強で必要な合意

耐震補強工事は、マンションの共用部分の「重大な変更」にあたるため、区分所有法に基づき、区分所有者および議決権の各4分の3以上の賛成による「特別決議」が必要です。
建て替えに比べると要件は緩やかですが、それでも4人に3人の賛成を得るのは簡単ではありません。

建て替えで必要な合意

建て替えは、区分所有者の財産に最も大きな影響を与えるため、さらに厳しい合意形成が求められます。
原則として、区分所有者および議決権の各5分の4以上の賛成が必要です。
一人でも多くの賛同を得るために、建て替えの必要性やメリットを丁寧に説明し、将来設計に関する個々の不安に寄り添う粘り強い活動が不可欠です。

4. 資産価値の変化:将来性を見据えた選択

耐震補強も建て替えも、適切に行われればマンションの資産価値向上に繋がります。

  • 耐震補強: 「新耐震基準適合」となることで、安全性への信頼が高まり、資産価値の維持・下落防止に繋がります。 売却や賃貸に出す際にも有利に働くでしょう。ただし、建物の根本的な老朽化が解決されるわけではないため、価値向上の幅は限定的です。
  • 建て替え: 最新の設備とデザインを備えた新築マンションに生まれ変わるため、資産価値は大幅に向上します。立地によっては、建て替え前の価値を大きく上回ることも期待できます。

5. 居住性の向上:暮らしはどこまで快適になるか

  • 耐震補強: 主な目的は「安全性の確保」です。地震に対する安心感は得られますが、間取りの変更や設備の更新は行われないため、居住性が抜本的に改善されるわけではありません。
  • 建て替え: 最新の住宅設備(システムキッチン、ユニットバス、断熱サッシなど)が導入され、バリアフリー設計やセキュリティの強化も可能です。現代のライフスタイルに合った、快適で安全な暮らしが実現します。

6. 補助金・助成制度:賢く活用して負担を軽減

国や地方自治体は、マンションの耐震化を促進するために、様々な補助金・助成制度を用意しています。

  • 耐震補強: 多くの自治体で、耐震診断、補強設計、補強工事の各段階で費用の一部を補助する制度があります。 これらを活用することで、住民の負担を大幅に軽減できます。
  • 建て替え: 建て替えに対しても、事業費の一部を補助する制度や、住宅金融支援機構による低利融資などが設けられています。

これらの制度は自治体によって内容が異なるため、お住まいの市区町村の窓口に確認することが重要です。

7. 法的・技術的制約:やりたくてもできないケース

建て替えを希望しても、法的な制約によって実現が難しい場合があります。
特に問題となるのが「既存不適格」のマンションです。

これは、建設当時は適法だったものの、その後の法改正(特に容積率の規制強化など)により、現行の法律では同じ規模の建物を建てられなくなってしまったマンションのことです。
この場合、建て替えると床面積が狭くなってしまう可能性があり、住民の合意を得ることが極めて困難になります。

プロが提示する判断基準:あなたのマンションはどっち?

ここまで見てきた7つの比較項目を踏まえ、どのようなマンションが耐震補強に向き、どのようなマンションが建て替えを選ぶべきなのか、具体的なケーススタディで解説します。

ケーススタディ1:耐震補強が最適なマンションの特徴

以下のような特徴を持つマンションは、建て替えよりも耐震補強が合理的である可能性が高いと言えます。

比較的築年数が浅く、躯体の劣化が少ない

旧耐震基準ではあるものの、築40年程度で、これまでの修繕履歴がしっかりしており、コンクリートの劣化や鉄筋の腐食といった構造体の大きなダメージが見られない場合です。
この場合、耐震補強によって安全性を確保し、今後も大規模修繕を計画的に行うことで、さらに20~30年住み続けることが十分に可能です。

住民の高齢化率が高く、費用負担や仮住まいへの抵抗感が強い

住民の多くが高齢で、年金収入が主である場合、建て替えに伴う数千万円単位の費用負担や、仮住まいへの引っ越しは大きな精神的・経済的負担となります。
「終の棲家」として今の住まいに愛着を持っている方も多いでしょう。
このようなコミュニティでは、比較的負担が少なく、住み続けながら工事ができる耐震補強が現実的な選択肢となります。

容積率に余裕がなく、建て替えてもメリットが少ない

前述の「既存不適格」のように、現行の容積率を使い切って建てられているマンションは、建て替えても戸数を増やすことができず、費用負担軽減のメリット(余剰床の売却)が見込めません。
むしろ、専有面積が狭くなる可能性さえあります。
このような場合は、無理に建て替えを目指すよりも、耐震補強で安全性を確保する方が賢明です。

ケーススタディ2:建て替えを選ぶべきマンションの特徴

一方で、以下のような状況であれば、長期的な視点で建て替えを検討する価値があります。

躯体や設備の老朽化が著しい

耐震性の問題だけでなく、コンクリートの爆裂や配管の全体的な腐食など、建物の寿命に関わる深刻な劣化が進行している場合です。
耐震補強を行っても、他の部分で次々と不具合が発生し、結果的に修繕費用がかさみ続ける可能性があります。
このような「負のスパイラル」を断ち切るには、建て替えが最も有効な解決策です。

容積率に余裕があり、戸数増による費用負担軽減が見込める

特に駅に近いなど立地条件の良いマンションで、指定容積率に余裕がある場合、建て替えは大きなチャンスとなり得ます。
戸数を増やして分譲し、その売却益で工事費の多くを賄うことができれば、住民の自己負担をゼロ、あるいはプラスにすること(新しい住戸を手に入れた上にお金が戻ってくる)も夢ではありません。

住民の多くが長期的な資産価値向上を望んでいる

住民の年齢層が比較的若く、将来的な住み替えや相続を視野に入れている方が多い場合、建て替えによる資産価値の大幅な向上は大きな魅力です。
一時的な費用負担や仮住まいの不便さがあったとしても、それを上回るリターンが期待できると判断できれば、合意形成も進めやすくなるでしょう。

判断に迷ったら?専門家による「耐震診断」と「建物診断」の重要性

最終的な判断を下すためには、まず自分たちのマンションの現状を客観的かつ正確に把握することが不可欠です。
そのために必要なのが、専門家による以下の診断です。

  • 耐震診断: 地震に対する建物の強度を評価し、倒壊の危険性を判断します。補強が必要な場合は、どのような工法が適切かの提案も受けられます。
  • 建物診断(劣化診断): 構造体だけでなく、外壁、屋上防水、給排水管、電気設備など、建物全体の劣化状況を調査します。これにより、建物の「余命」や、今後必要となる修繕費用を予測できます。

これらの診断結果は、国土交通省が公表している「マンションの建替えか修繕かを判断するためのマニュアル」などと照らし合わせることで、耐震補強と建て替えのどちらが合理的かを判断するための客観的な根拠となります。

決断へのロードマップ:合意形成から実現までの流れ

耐震補強や建て替えは、一朝一夕には実現しません。
住民間の合意を丁寧に進め、専門家の協力を得ながら、段階的に計画を進めていく必要があります。

Step1: 問題意識の共有と準備委員会の発足

まずは、理事会が中心となり、勉強会などを開催して「旧耐震基準のリスク」や「建物の老朽化」といった問題意識を全住民で共有することから始めます。
その上で、本格的な検討を進めるための有志による「準備委員会」や「専門委員会」を発足させます。

Step2: 専門家の選定と耐震診断の実施

次に、マンションの再生に詳しいコンサルタントや設計事務所といった専門家をパートナーとして選定します。
そして、専門家の助言のもと、自治体の補助金制度などを活用して「耐震診断」や「建物診断」を実施します。
この客観的なデータが、今後の議論の土台となります。

Step3: 比較検討と住民説明会の開催

診断結果をもとに、専門家チームに耐震補強と建て替え、両方のパターンの具体的な計画案(工法、費用、スケジュール、資金計画など)を作成してもらいます。
これらの案を比較検討し、住民説明会やアンケートを通じて、全住民の意見や要望を丁寧にヒアリングします。

Step4: 総会での決議

複数の選択肢について議論を尽くし、住民の意向がある程度固まった段階で、最終的な方針を決定するための総会を開催します。
耐震補強であれば4分の3以上、建て替えであれば5分の4以上の賛成を得て、ようやく事業が正式にスタートします。

まとめ:未来の安心と資産価値を守るための第一歩

マンションの耐震補強と建て替えは、どちらも簡単ではない、大きな決断です。
費用、期間、生活への影響、そして何より住民同士の合意形成という高いハードルがあります。

しかし、地震の脅威や建物の老朽化から目を背けることはできません。
最も重要なのは、問題を先送りにせず、まずは自分たちのマンションの現状を正確に知ることから始めることです。

専門家による耐震診断を受け、その客観的なデータに基づいて、住民全員で将来について話し合う。
そのプロセスこそが、未来の安心と大切な資産価値を守るための、最も確実な第一歩となるのです。
この記事が、あなたのマンションの未来を考える一助となれば幸いです。